天狗の朴歯が折れる時
投稿者:こだいらさん


1・信濃の春、川、ふきのとう

信州の山郷といえども5月となれば水ぬるみ草木も芽を伸ばし蕾を膨らませる。
早朝のJR大町駅、3時間程度の睡眠で待合せ時間を迎えた校長は眠そうに眼をこすって携帯電話をとった。「はい勝野です。今駅の駐車場だよ はい」。電話を切るとワンボックスの外に出て生温い早朝の空気の中で大きく背伸びをし、オイラを迎えてくれた。申し合せ通り校長以下4人全員無事集合。晴天の中、遥か北西にそびえる鹿島槍の高き頂きは、白と黒のモザイクにい春の訪れをつげていた。JR大町駅から田圃の中を2台の車が浮かれるようにひた走る。鹿島ガーデンを過ぎ桜町山荘を過ぎたところで道はドン詰まり、JR大町駅から20分ほどで登山口到着となる。標高1080b。道は無雪。
ここで仕度を整える。遅い朝食をとる。4人がそれぞれ食料や装備を揃えてきている。ザックの重さはその山行への思いや期待に相関する。ヨッコラショ・・・うりゃ重い。腰がぬけそうだ。フト気が付くと、あっちの方でコバちゃんが道端の水で顔を洗っている。
帰ってくるなり顔がランボーのようになってなんでも日焼け止めだという。まぁ泥んこ美容なんてのもあるしとか皆で笑う。本人山行がばれないようにいたってまじめ。ほっぺが丸いから結構サマになってるが結局下山した時は真っ赤かになってしまって、可愛そう。9時10分出発。
駐車場からすぐに東尾根への登山道とわかれて鹿島川・大川沢沿い右岸をトボトボと遡上して行く。コースは20cm程度の残雪でトレースはないが締まっていて歩き易い。ヨシダッチはザックが歩いているよう。よくあんなデカザック担げるよな。尊敬。
まだ残雪の残る南斜面にも転々とふきのとうが春陽をいっぱいあびて気持ち良さそうに咲いている。護岸が続き堰堤に突き当たった所で行く手を阻まれ渡渉。なんでも3月に来た時は雪で堰堤を越えたとか。うーーん6m位あるからすごい積雪量だ。今後を考え濡れるのを嫌ってそれぞれがそれぞれに渡渉していく。左岸に渡り堰堤を越えたところで更に右岸へ渡り直す。東向き斜面の下を500mほどテクテク遡上して取水口の吊橋の端部に突当り、アラヨッと吊橋を渡って管理小屋を抜け左岸に降りる。が、しかしここで川の水位が上がり流速も早くなるこりゃ手強いな。20m程下流から小さな中州の下部に渡り、川中を遡って向岸に辿り着くしかないかな。
校長がザバザバ渡りオイラも続く。ヤバイ・・・登山靴が浸水しそうだと思う所で中州に到着。コバちゃん、ヨシダッチのザックをロープで渡し、渡渉を無事すませる。後続していた坊主頭の2人組みは、靴を脱いで素足の渡渉。彼曰く死にそうに冷たいと。でも生きていた。「死にそうに冷たい渡渉」から50m程上部で、大川原に左手から荒沢がさして来る。荒沢左岸を辿り、すぐにフィックスロープで高巻く。前を行くヨシダッチがロープから手を放し不安定だ。すべったら冷てーゾ。と見ているうちに無事高巻きして行く。
100mほど遡上したところで、左岸に小さな滝が掛かってて天狗尾根への取付きに到着。ところでどこが取付きダ?コバちゃん首傾げる。オイラも首傾げる。だだの急斜面の藪じゃん・・えーっ?ここで11時50分の昼食をとる。ここまで所要2時間40分。
冬なら半日かかるとか。そんなんならオイラ帰る。

2・稜線、樹林を巡って

校長、昼食を済ませると猛然と藪のなかに突入。山菜取りのおじさんのように手際良く急斜面を登って行き、たちまち姿は見えなくなった・・・ありゃ・・・。続いてヨシダッチ、コバちゃん、オイラも続く。取付きは雪が消えていたがアイゼン装着。泥のルンゼでは威力抜群。ルートは多分天狗尾根の本筋ではなくて途中の枝尾根付近を登ってるもようです。まだ所々に雪の残る急峻なルンゼを200mほどの登る。苦るしいんだ・・・これが。しかし雪の無い所もアイゼンが苔と落ち葉にしっかり効いて、まずまず面白い。
ヨシダッチは多少もぞもぞしてる感じ。途中からコバちゃんがトップになる。先ほどの後続坊主頭の2人組が前に出たが、彼等と競うようにガンガン登って行く。猛牛のようだね、これは。200bほど登って尾根になると、傾斜もおちて全面が残雪に覆われる。雪は腐ってはいるもののコバちゃんとヨシダッチがトレースを付けてくれるので楽チンだが、それにしてもザックが重く稜線に出たとこでついに息が上がってしまう。稜線は原生林を形成している。数多くの登山家がこの樹林の中を息を切らさず辿ったのだろう。
そして樹林は静かにそれを見守って、昔も今もこれからも。樹林はゆっくり生きている、樹林は静かに生きている。背中のザックの中では校長が高校まで愛飲していた「白馬錦」がチャプンチャプンとうらめしい音をたてていた。原生林の中を蛇行しながら高度を稼ぐが体力が切れてしまって如何せんペースが上がらない。時間は3時になろうとしている。本日予定の天狗の鼻まで辿り着くのだろうか。校長が時計と睨めっこして、ついに痩せ尾根にかかる手前で幕営指令。標高1820b。
見上げると遥かに第一クロアールのJピークが青空にそびえ、その向こうに天狗の鼻が見える。あれだったらこれからでも簡単に越えれるわ・・・と一瞬身の程知らずにも思ったけど、下山の時には無理して越えなくて良かったーとしみじみ思うのでした。
鉛のようなザックを降し安定した場所に更にスコップで雪面をカッパキ、テラスを作りみんなでワっせワっせと設営作業。 4人テントで快適なゆうげとなりました。酒も入ってみんないろんな面白い話があるんですがここでは書けません。(な・い・しょ)
さて就眠の段になってコバちゃんだけ雪洞窟で寝ると、スコップで雪洞掘り。オイラくたくたなんだけど、なんだこの人のパワーはと一頻り感心感心。午後5時を廻ってまだ外は明るいけれどお休みなさい。校長の鼾が始まる前に熟睡しないと大変な事になっちまうと気合を入れて眠り込む。

3・トレモロの朝

睡眠中、何度か雪面からの冷気に目をさます。モンベルのエアーマットにアルミのエマージェンシー・シートを敷いたがまだ寒い。うーんとひと踏ん張り寝込んだところでグルグルお腹が痛くなってしまった。昨日の荒沢の水と雪を食べ過ぎたのが原因のよう。渋々大雉退治に外へ。コケコッコー朝の4時。日が変わっていた。出て見れば遠く大町の灯りが瞬き、天にはこぼれんばかりの星。最高の雉打ちだ。
そうこうしているうちにガッコン、スッコンスコップを氷に突き立てる音。コバちゃんが雪洞から這い出してきた。なんだー?雪洞の開口部をブロックで全て塞いでいて出るのに大事している様子。そりゃ暖かいだろうけど積雪でもあったら雪洞から出られないぞ、酸欠になっちまうぞとか心配してしまう。
そんな事しているうちにみんな目を覚ましてテントにランプが燈る。あさげが始まる。しかしそれにしてもみんな実に良く大量に召し上がる。親のかたき打ちのようである。まあこれがスタミナの元なんだろうけど。時計は朝6時を廻って一同、鹿島槍北壁へ向け出発ーっ。
雪面は寒気でバリバリに凍り付いてアイゼンの効きががいい。天気もいいし、なんか快適な今日の登攀を予感した。(こん時ゃまだ元気良かったんだけどな・・・。)
稜線がグット痩せてくるあたりで先行の幕営組に会う。「どモ・・・宮沢さん」と校長。どうやらAGS−Jのガイドさんらしい。お客さんは女性2名。幕営地を巻くように登行を続ける。でかいブロックのデブリがテンコ盛りに現れてウンこらしょとS字に10bほど乗越すと、天狗尾根の点景だった第一クロアールが眼前に開けてくる。が取付きまでは更に50bほどの雪壁のトラバースをしなくてはならない。30度ほどの斜度ではあるがズルッときたら200〜300bの滑り台。滑落停止なんて効かねーだろなー。おまけに頭上数十bでは、でかい雪庇がおじぎして連なってる。
幸い雪面は凍っていてアイゼンの効きもまだいい。校長はストック片手に ひょい ひょい ホィと渡っていく。足跡は僅かにアイゼンの内足側の爪が3本程度引っ掛かっているだけ。オイラもまだ足が効いたのでそれらくし後に続く。がそれに続くヨシダッチがブレーキング。岩壁をスイスイ登っちゃう彼女だけどなぁ。最初、皆そうだけど高度慣れしてないと辛い。オイラなんか玉上がっちゃてもう大変。(失礼)
しかし後ろでコバちゃんが的確にアドバイス。オイラも前でスッテプ切って蟹の横ばいで少しずつ前進。あぁー美しい山仲間。てな訳で無事トラバース成功。同時に後続していた宮沢ガイドさんチーム3人も到着。第一クロアールに入ってコバちゃん「カッコイィー」の連発。確かにすごい。クロアールは両岸が切立った岩壁に挟まれ斜度40度、巾30b行き100bで正面、右に分かれ、正面は狭隘に70〜80bの奥行きをもって急峻に天狗・稜線に突き上げている。また右ルンゼは100bほどで天狗・左枝尾根に達する。ロケーションは明るく最高である。が正面、右岸とも本年の豪雪で大きく雪庇が張出しスリルも最高。
右岸のリッジの削げたところで登攀支度を整える。勝野校長トップでコバちゃん、オイラがセカンドでヨシダッチがラストでオイラとアンザイレン。1P目、左岸40bをスタッカットで登攀開始。宮沢ガイドさんチームも同時に登攀開始。
陽もすっかり昇り谷あいも一層明るくなった。気温の上昇でパラパラと落下する氷の音をトレモロの様に聞く。2P目、宮崎パーティーはトラバース気味に右上し、オイラ達はクローアール中央へ。ラストのヨシダッチがビレイポイントに達する前にトップの校長がコバちゃんの確保で3P目を登り始める。こりゃあ効率がいい。ヨシダッチのバイルも軽くなり顔色もよくなった。
楽しい、楽しい。。校長3P目確保体制完了。バちゃんが猛牛のように登攀開始。ヨシダッチもセルフビレーが完了。んでオイラも登り始める。
10bほど右上したところで一息入れる。青空に白い雪、黒い岩が暖かい。大きく腰を伸ばす。きもちいー。と突然、正面岩峰に雛壇のように乗っていたブロックの一つが大きくおじぎをしそのまま空中へ飛び出してきた。「ラーク!!」(煙草じゃなくて・・・)
クロアールにボーイソプラノの声がヨーデルのごとくこだまする。4帖半の小部屋くらいあるだろうか。プロックは4〜50bの高さから落下。
ヨシダッチの正面40mほどで轟音とともに雪面で炸裂。(スゲー!!・・・関心してる場合じゃナイ)オイラはブロックがズッコケル瞬時右方5bに逃げる。既に3P目を半分近く登ったコバちゃんは既にバイルを雪面に打込み確保完了。頭を雪面に突っ込んでいる。
雪面で炸裂したブロックのうち2bくらいのコアがゴンゴン転がりながらずこいスピードでルンゼ中央のヨシダッチの方へ向かって落ちて行く。ヨシダッチ慌てずこれを見据えた後バイルを打込み確保体制に入った。オイラの方も1bくらいの子ブロックが向かってきた。こっちはスピードが速い。外れるか否かギリギリだ。取あえずオイラも雪面に頭を突っ込んで確保に。静寂の時が過ぎた。衝撃はなかった。ブロック雪崩は通過していた。顔を上げると辺りは雪煙の中だった。
ヨシダッチは?・・・アンザイレンしたロープは曳かれはしなかった。
滑落はないだろう。しかしあのプロックに当たったらひとたまりもない。雪煙の帳が少しずつ下りて、うっすらと青色のヘルメットが雪面に刺さっているのが見えてきた。ゆるしてちょんまげポーズで雪壁に伏せるヨシダッチの上肢に1尺ほどの雪が溜まっている。だが動こうとしない。長く時間が感じられた。「だいじょーうぶ!?」コバちゃんが声を掛けた。すると突然「だいじょーぶ」とゼンマイ仕掛けのように跳ね起きた。(ズルッチ)なにも無かったように雪を払いのける。あぁ・・・良かった良かった。異常なしで、出発進行ーー!
3P目から4Pとロープを延ばす。ここからコバちゃんにトップが代る。雪壁が気温の上昇で登りずらくなってくる。5Pで枝尾根に乗るがこの手前3bが腐った雪面がせり出して悪い。アイゼンが利かない感じだ。コバちゃん猛然とアタック円を描くようにここを越え立ち木でビレー。行ってみると確かに登りずらい。バリっとオーバーズボンをアイゼンで引っかけて次のステップを確保する。ゆっくり立込み何とかクリア、尾根筋に到達。ヨシダッチも同じように最後が雪壁を踏み抜いて登りづらそう。んうジャーってんで掛声合せて引き抜いちゃった。ここから第一クロアールのJピークまであと2P。
斜度30度くらいで傾斜は落ちたものの雪が膝までたっぷりあっておまけに腐って重く、当然トレースはない。猛牛コバちゃん、パワー全開ですごい勢いでラッセルして行く。スゲーの一言。たちまちピーク下部の6Pの確保点に辿り着く。ここでも立ち木にビレー、オイラ達を迎えてくれる。ここは覆い被さる様にJピークのキノコが発達している。ここを右手に廻り込んで7P目の終了、第一クロアールの終了になる。オイラは6Pから疲労が目立つ様になり遅れ始めてしまった。Jピークではヘトヘト状態。日頃の仕事熱心さが出たのだろうか?(・・・オイオイ)時計は9時になっていた。幕営地を出てからもう3時間近くかかっている。アリャま。こりゃまずい。
ピークでは昨日一緒だった坊主頭の2人組が幕営していた。おぉ昨日2時ごろ別れてあれからここまで登ったんだ。関心関心。一人は途中の尾根筋で一時ヘソ天してたからね。同時に登っていた宮沢ガイドさんチームはオイラ達に先行してピークに着いてくつろいでいる。

4・猛牛突撃!

天狗の鼻が手に取るくらい近くなった。なにか異常に元気な宮沢ガイドさんチームの女性2名。行動食を取るとサッサと第二クロアールに向かってナイフリッジの雪稜を渡り始める。
ヨシダッチはここで待機することになった。そしてオイラたちも出発だ。今度トップはオイラがやることになったんだけど、どうも疲れが激しい。足が効かなくなってきた。うーん、まぁ頑張ろう。ソロソロとモンローカーブの連続するナイフリッジを渡り始める。
斜度は殆どないが左右両側の地べたも全然見えない。カッコイィー!カッコイィー!の連発は後ろのセカンドのコバちゃん。
こういうのは嫌いじゃないけど今回はチト足がうまく運ばない。とその時アイゼンを引っかけへたり込む。(オォーやば)
天気はいいし、気分は最高すね。右に雪庇が張出しているから先行パーティーのトレースのちょちょい左を行く。アイゼンよ引っ掛かるなと念じつつ150mほどのナイフリッジを渡りきる。ここで始めて顔を上げて第2クローアールを仰ぎ見る。おおー苦しそうな雪壁だ。ここでトップをコバちゃんに代ってもらう。猛牛突撃ーっ!
とたんにガンガン登り始める。完全に雪壁を楽しんでる感じで羨ましい。全然バテない。本来ロープなしでも登るらしいがオイラがホキ始めてるのでアンザイレンしてもらう。(・・・どうもすいません)。40度の雪壁は3Pでほぼ終了。
ここで完全にオイラはグロッキーとなりまして。もう一歩も足が前に出ない状態。かすれそうな意識の中で天狗の鼻までの最後の苦しい登りの300mが残っていて。コバちゃんは大ブレーキしたオイラをロープで引っ張ってくれてる。本当に強いお方。てな訳で意識不明のゾンビ状態でオイラが天狗の鼻に着いたのは11時45分。標高2520b。
鼻に着くのと同時にオイラはヘソ天。くっ苦しいーっ。やけに太陽がまぶしくて。夏の日差しのよう。薄目をあけていてもギラギラして。天狗の朴歯が欲しい。何里のアプローチもひとっ跳びなのに。オイラの朴歯は折れてしまっていた。点検しておけば良かったーっ。
一方宮沢ガイドさんチームは元気元気。まだ余力があってコルのほうまでお散歩なんかして。宮沢ガイドさんに「内田さーーん気をつけて・・・!」とかで和気あいあい。いいな・・・。オイラは相変わらず干物の開き状態で校長の顔も渋い。んうーーんとか。終いにはレモンの効いた紅茶なんか頂いたりして。これじゃ北壁なんか到底辿り着けねー。シュン。

今回登攀予定だった正面ルンゼは1963年3月15日にアッセントクラブ篠原隆雄氏、林与四郎氏が冬期初登しその4日後に吉尾弘氏と中央ルンゼを冬期初登している。この時吉尾氏が墜落し、始めてトップを篠原氏に譲ったというエピソードがある。(「クライマー」高野亮より)
また、JCC沢上登氏、津田泰男氏が1986年3月21日/22日に鹿島槍ケ岳北壁 氷のリボン登攀を行っているが駐車場から4時間半で天狗の鼻に到着していて、驚くことに荒沢出会いまで50分で下山している。(J.C.C創立40周年記念誌より)天狗の朴歯使ったんだな。到底人間技じゃねぇーと下山後帰宅して感慨にふける訳だが。

天狗の鼻で30分ほど休憩して下山にかかる。まぁ雪壁の下りは懸垂だから楽チンだったけど。途中第一クローアールJピークで幕営していた坊主頭の2人組が雪壁を上がってきた。何でもT−YCC所属でK2の訓練の模様。そりゃ20`もあろうかというザック軽々背負って雪壁楽々登ってんだもの、やっぱただ者じゃねーと思ったよ。
ズット下の第一クローアールのピークにはヨシダッチがゴマ蝿のよう(失礼)に動き回ってるのが見え、コバちゃんと手を振って見るものの反応なしでナニやってんの?。
ピストン終了してヨシダッチの待つピークに帰ってきたのは1時をだいぶ廻っていた。振返ると第2クローアロールの雪壁を宮沢ガイドさんチームが下降中。最下部の所でロワーダウンで降りていたかたが逆さになってしまって、「逆さデーース」とか聞こえてくる。そのまま下がってそのうち取付きのシュルンドに嵌まって見えなくなっちゃって、暫く上がってこない。それまでホホーとか皆で見ていたけど。一瞬みんな沈黙。また暫くしたら這い上がって、一同安堵。

5・マリオワールド

それから天狗尾根を下山。やーっやっと帰ぇれる。思いきや、これからがまた大変。1番コバちゃん2番オイラ3番ヨシダッチ4番校長で下山開始。Jピークの細長い稜線、第一クローアールの上部を3〜4bの左側雪庇に気を使いながらしばらく行く。すると前方右から小さいクラックが入っている。正面も張出しているのだう。トレースは右雪庇を越えているようだが、踏み抜きの危険も高いように見える。午前に通過した第一クローアールに張出した雪庇が目に浮かぶ。道は閉ざされたーっ。ここで校長「ここから降りる」と地獄の宣言。鬼だなこの人。ここは1番コバちゃんが生贄で別ロープで再確保して、垂直の雪壁をクライムダウン。やがて姿が向こう側へ消えてロープが伸び暫くして下部での確保完了の模様。こういう状況で燃える人っているよね。うーーんすごい。コバちゃん。
恐る恐るオイラも続く。ここ降りなければ帰れない。
降りて見ると傾斜は強いが丁度雪庇の切れた所。安定しているじゃないか、さすが校長。やっぱ神様です。
予想通り稜線は5mのでかいキノコになってて、さっきのクラックはそれのものだった。コバちゃんキノコ下10bの立木にうまくビレイしている。ヨシダッチも校長も降りてきた。一安心。
その時キノコの上にチラっと人影。宮沢ガイドさんが覗いたのだ。あぶねーじゃん、崩壊したらオイラ達全滅しちゃぅ。ここから2P懸垂下降でコルに到着。泣き面のオイラも少し余裕がでてくる。ここは荒沢から雪壁を登ることもあるそうだ。ただし雪崩れの危険が高いとか。ふむふむと聞きながら続く下降コースを見やる。コルの左に折れる稜線は、20mはあろうかという大雪庇が左手北面に張出している。右手南面はシュルンドが1mも口を開けて大雪庇の崩壊をカウントダウンしているよう。
昨日の坊主頭2人組みのトレースは雪庇の上を見事に渡り切っている。すごい根性だ。おーーコワ。
全員コルに集合して再度電車遊びのようにアンザイレン。出発ーーっ。大雪庇のシュルンドに沿って進む。しかし、良く見るとシュルンド下部も雪庇の模様。えーーっ!!左右に雪庇なんて、ものの本にはなかったよ(ショック)。シュルンドを覗くと、はるか5m奥に山腹の熊笹が見えるではないか。と言うことはオイラは空中を歩いているのケ??。再度緊張!。振り返って校長を呼ぶと「右が着いているから右を行きましょう」、と良くわからない指示。コバちゃんも「そうです。右がついてます」、とか。なにがツイテるんだろう。オイラは空中としか思えないのだが。
結局右を更にすすんでシュルンドの切れた辺りで左上し大雪庇地獄を無事通過。スーパーマリオやってる感じ。ピコーン、って。更にナイフリッジの雪稜側壁を1番コバちゃんがクライムダウン。ちょっとした安定テラスに到着し、小休止後トレースを辿って右手に降ったコバちゃん、ニヤニヤ笑いながら戻ってきてダメと一言。尾根通しはシュルンドが開いているが、立ち木を支点にここを懸垂下降、シュルンドの中へ降りる。ここも上からの崩落と下の崩壊とで地獄のシュルンドって感じ。ここを越えて尾根筋に草木が見え始める。森林限界を過ぎて樹林に入っているのだろう。稜線左のルンゼの降る。
「ふぁ〜」とか声がして瞬時コバちゃんが確保態勢を取った。なんだー?って呑気にオイラが振返るとヨシダッチがルンゼで腹這になってる。小スリップを校長が完全確保。なるほどこうやって止めるのかとオイラ感心。やがて朝通過したブロックのテンコ盛の上を抜け雪壁の削げたところを1番コバちゃんで見事にクライムダウン、雪稜下降のクライマックスは終了。
最終下降点を心配していた宮沢ガイドさんチームも同ルートをトレイルして無事幕営場に帰着しました。オイラ達が幕営場に戻ったのは4時過ぎていてそそくさと登攀装備を解除しキープしておいた白馬錦でゆうげのいただきマース。残った食料で、豪勢にわいわいガヤガヤ。酔いが回った頃就眠。快適、快適。

6・再び春へ

翌日はシリセードと肩ガラミ懸垂で尾根を下る。途中、取水口の「死にそうに冷たい渡渉」を水没も恐れず激流を突破。オイラ子供のころから水遊びが好きだから(大人になっても水遊びしてるけど・・・)渡渉は大好き。でもあまりの冷たさに頭がいたくなっちまう。
ヨシダッチ曰く「かき氷を食べたみたい」。あとはのんびり河原をくだる。気が付けばあのやさしい春の陽射しが満ちていた。
駐車場に11時前に着いて桜の咲き始めた山郷の温泉村にある「薬師の湯」へ。生き返るーーと一風呂浴びて、名物信濃蕎麦をすする。生きてて良かった。
コバちゃん、校長ともソースカツ丼と蕎麦の大食。生命力の違いだね、これは。校長は若い頃はもっと食べたらしい。オイラは携帯で事務所に電話を入れる、異常無し。この瞬間現実にもどる。いままでの出来事が全てなにか幻想の世界の中のことのように感じられる。あの急峻な雪壁、ゴンゴン転がってきた雪のブロック、デカイ雪庇とキノコ雪。全て暖かい里の春に消えて行く。技術、体力、経験、精神力によりどんな状況でも生き抜く本能、危険(死)を嗅ぎ分ける本能の発現、総じて生命力かなー。鉄棒から落ちたような軽いショックの中、アルパインクライミングをほんの少しを見たような気になりながらデリカ号の後を関越道を辿り、妙義を過ぎるころ開けた車窓から初夏を思わせるの風が心地よくオイラの心を吹きぬけて行きました。鹿島槍ケ岳北壁・正面ルンゼ敗退 2000/4/29〜5/1 高距・1440/最高到達点「天狗の鼻」TP+2520

・・・・終り

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