各駅停車の穂・槍縦走

投稿者:H.Y さん


 「今年は、穂高から針の木まで自炊で入るからネ。ただし、オレの足が壊れた時は、そこから
降りるからネ」と我が家の戸籍筆頭者、Yが言う。Yの膝は、6年前、早月尾根から剣に登り、五色、薬師の予定で入山した時、剣でボールの様にはれあがり、あえなく室堂から下山の苦い経緯がある。以来、彼は軽いハイキングに行く時でも、膝を気にしてダブルストックで歩くようになった。 この留守中、ベランダの草花の水遣りを、二人の姪に頼んだ。出かける前日、姪達に
メールを送る、「多加志おじさんの膝が駄目になった時は、帰る予定が早まります」と。
 8.19、23:50の急行アルプスに乗る。メンバーは4名、Yの絵の仲間のSさん、彼の甥のE君、そして私達。全く眠れないまま上高地へ。
 8.20、7:30、岳沢入り口より奥穂目指して歩き出す。岳沢ヒュッテまでの2時間、途中、ヒカリゴケを覗いたり、風穴で涼んだり、二頭のニホンカモシカに出くわしたり、「重たいから、どうぞ」とミカンを一つずつ貰ってしまったりしながらスイーと過ぎた。ヒュッテで休んで入るうち、急に不安になり、「ネー、今日はここで泊らない?」と三人に言うと、「未だ早すぎるヨ、こんなに天気も良いから頑張ろう」と軽くあしらわれてしまった。ソー、確かに天気は
グッドである、独標、西穂、間の岳、天狗岩、奥穂、吊り尾根、前穂、明神、全部見えている。
 眠ってないけどなと思いながらポツポツ歩き出すと、好きな岩が出てきた。クライミング気分
で行こうと気持ちを変える。外人夫婦と「プリーズ」「サンキュウ」などと抜きつ抜かれつを繰り返し紀美子平へ、12:30を回っていた。昼食をとり、前穂をピストン、山頂から見えた槍
は縦半分がガスの中だったが、私達の頭上は青空だった。「気持ちイイねー」とのんびりモード
に浸る。では、では、と紀美子平に戻り、吊り尾根をテコテコと歩き出す、14:30頃か。途中からガスが出てきた。ガスの中、山頂は何処かなと奥穂へ、15;50、到着、到着。「また
ガスしか見えないなー」とSさん。彼とYは、西穂から烏帽子まで縦走したことがある、その時
は、西穂から槍まで全く見えず、「小屋はどこ?、槍は何処?」とSさんがYを悩ましたそうだ。暫し休憩後、奥ほ山荘へ、16:50着。Yが「膝が少しヘンだな」と言う。
 8.21 朝から小雨とガス。膝も天気も良くないから今日は沈殿かなと思いきや、ナンと「北穂まで行って見よう」とYが言う。9時半頃、小屋を出る。ユックリ歩く後姿は足が悪そう、もつのかなと心配になる。ガスと雨に濡れ、12時過ぎに北穂小屋に着く。強力な乾燥室のお陰で濡れたものはスグに乾いた。「水、お茶、お湯はいつでもどうぞ」と言われ、嬉しくなって「お茶をお願いします」と私、抹茶入りの煎茶はスゴーク美味しく感じた。夕方、ガスが切れ始め、天気が回復しそうな気配。「未だ、腫れが来ないから何とかなるだろう」とYがボソッと
言う。
 8.22 「槍がみえるよ!」とSさんに起こされる。「本当!」とガバッと飛び起きる。
薄明るい外は黒く山がみえていたが、ボーとしている内に山々に色が載せられ、キレットに朝日が当たり始めた。「足は、どう?」、「南岳まで行って見よう」と言ってくれた。6:40、スタート、昨日の涸沢岳の下りが降りられたのだからと言うが、私は歩き始めが一番気になった。
 8時半過ぎにA沢のコル、長谷川ピークを過ぎる頃から少しガスが出てきたが、これはまもなくとれて、南岳小屋の手前、大きな垂壁の傍の広いテラスで、越えて来た切戸を眺めた。それは、まっ青な空に曲線を描きながらスグ足元まで延びていた。皆、呆然と立ち尽くしていた、少しして、YとSさんは、やおら煙草に火をつける・・・。煙草を吸い終わると、「行きますかネ」と歩き出す。最後の岩場の登りを越えると、目の前近くに赤い屋根が現れた、11:15到着。午後から風が強く吹き出し、発電機の風車はクルクル、クルクルと勢い良く回り続け、小屋はガスに包まれた。「少し、腫れたかな」とYが言う。
 8.23 昨日からのガスはとれない、が、時折青空がみえ、薄日が射しそうに成る。少し喜ばせてまた白くなってしまう。「まー、槍まで行こう」と言う。7時に出る、ガスの南岳山頂を
少し降りた辺りで、高校総体の150名とすれ違う。立ち止まってやり過ごす。ガスの中から色
とりどりの雨具が現れ、白い世界へ吸い込まれるように消えていく。ナカナカきれいに感じ、シ
ャッターを切った。天狗が原への分岐を過ぎる頃、晴れそうな気配。中岳・南岳の間で急速にガスがとれ、青空が「おまたせー」というようにみるみる広がっていく。ウワッー、中岳、大ばみ岳、槍ヶ岳が目の前にドーンと・・・。「スゴーイ!」とSさんとE君は絶句・・・。小一時間腰を下し、山々を眺める。「座っていては着かないから行きますか?」と声をかけられる。中岳に現れる舞姫の雪形が、今は大きな蝶に形を変えていた。その雪形の上にSさんは駆け上がり、
スィー、スィーと滑り降りた。中岳・大ばみ間にも大きな雪田が残っていた。今度は、E君と私も雪の上に降り感触を楽しんだ。Yは岩に越しかけ、煙草を吸いながら三人の様子を見ていてくれた。又歩き出す、Yの膝は殆ど曲がらない感じで、大変そう。転ばないように、ザックの紐を
掴んでスグ後ろを私が歩いた。やがて、テンバを過ぎ小屋に到着、11時半だった。
 お昼を済ませ、テラスに出、穂先に登る人達を眺めていた。「三人でいっといで、ここで、見
ててやるからネ」といわれ、穂先へ向かう。あっけなく登ってしまった、こんなに近かったかしらと思った。360度の展望はEくんのシャッターをバシャバシャ切らせた。
 夕飯を作りながら「これが限界かなー、明日は槍沢を下ろう」とYが言う。「頑張ったよネー」と三人。夜、寝ながら「天気は大丈夫だから、二人は、表銀座へ行かせよう」と、私に話した。
 8.24 早朝から快晴、日の出を見にSさんとE君は穂先へ。朝食の時、「オレ達はここから降りるけど、二人は東鎌尾根から表へ行って見ないか?」と地図をひろげながら話し始めた。
Sさんは一瞬心配そうな顔になる。「二人の足なら大丈夫、上手くすれば燕ピストンも可能だと思うな」と私。「ウーン、とにかく行ってみようか」とふたり。 
 6:40、分岐で握手、「明日の午後四時にバスターミナルで待っているから、どんなに遅く
なってもね」と別れる。二人はスタスタと西岳に向かって歩き去った。私達はトロトロと槍沢を
下り出す。殺生ヒュッテで最初の休憩、坊主の岩やの中に入ってみる、意外と広く、立って歩ける処もあった。花を愛で槍を振り返りながらユックリと降りていく。水場は手が切れそうなほど
冷たい、登って来る人と挨拶、その内の男性が「今日は、神様がくれた日ですねー」と言う。「
こんな日は本当に珍しい。オーイ、早くおいでよ」と奥さんを呼んでいる。「うちのヤツは、ミミズと競争しても負けちゃうんですヨ」というのを聞いて思わず吹き出してしまう。フワ−ンとした気持ちになる。また草と花のなかで休む、傍にいた夫婦と思われる人が、「そこに水場がありますよ」と教えてくれる。「アリガトウ御座います」と言い、ペットボトルを持って水を汲みにいく。Yにも冷たい水を届ける。「お先に」と声をかけ、歩き出す。転ばないようにザックの紐を掴んでYのスグ後ろを行く。「水出し」と書かれた処に来た、触るとここもスゴク水は冷たい。水を汲みにおりると先程の二人が追いついてきて、Yに話しかけた。「親子さんですか?、
今時、珍しい優しいお嬢さんですね」と言っている、オー、マズイなーと私。Yはニコニコ笑っているだけ。言うだけいって二人は行ってしまう。姿が見えなくなると、「アンタ、いつから
オレの子になったの?」という。私は可笑しくて笑ってゴマかした。 青さをこえた深ーい青空
の下、風に吹かれる花の中、緑と青と白と茶のコントラストの海をユーラリ、ユーラリと越えて
いく。12時半、槍沢ロッジに、昼食の後、横尾へ。15:30着、新しい横尾のお風呂にYは
ビックリしていた。
 8.25 7:15、出発、この日も良く晴れ、前穂、明神がハッキリ見える。徳沢でコーヒー、ソフトクリームを各々調達、今日歩く道は、一週間前の記憶に残るクライミングを終えて歩いた同じ道、その時咲いていたクサボタンの花は、今日は、ほうけたチングルマのようにキラキラ輝いていた。明神を過ぎやがて河童橋へ辿り着く、11:30。壊れた膝で良く歩いてくれたなとYに感謝。ベンチに腰を下し昼食、Sさん達が現れるのをココで待つ。通る人を眺めている
と、時間が経つのを忘れさせてくれる。15:30、遠くに二人の姿を発見、手を大きく振ると
きずいてくれ、ゴンゴンと近ずいてくる。「おかえりなさい!」「ただいま!」と握手。「どうだった?」「北燕までピストンして大天に泊り、常念、蝶、徳沢と来たんだ」と二人。「燕はキレイだったね、岩と砂のコントラストがねー」とSさん、彼も絵を描くので、もしかしたら次の作品に燕の印象が表現されるかもしれない。「もう、一泊、上高地でして、明日帰ろう」とYが言う。「ウン、そうだねー」と、カモシカ山行を終えた二人が頷く。約一週間の夏の縦走はこんな風に終わりを告げた。

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