「性悪女の部屋に帰ろう。」

投稿者:野埜原 走 さん


□■1)プロローグ
今回のクライミングは明るく開けた小川山に行くこととなった。
小川山は長野県南東部、千曲川源流金峰山山群のなかに
あって廻り目平キャンプ場を取り囲むように幾つもの岩壁を備えている。
小川山は日本におけるフリークライミングの原点といわれている。
フリークライミングは、その言葉の響きから欧米のからっと乾いた感じを受けるが実際の現場は寡黙なでマニアックな方の多い世界であるように思える。
クライミングを楽しんでいるのであればもう少しワイワイがやがや楽しくやっても良さそうなのではあるが、不思議と皆、哲人の顔をしている。
見ている人も、登っている人も。



□■2)S氏とK氏

2日間の日程の岩登りの初日はガマスラブで足慣らしする。
ソールのフリクションのを確かめる。
非常に良く利く岩質である。
昼食後ガマルートに取付く。
取付きでこの夏シャモニーで一緒だったS氏に会う。
氏の山歴は燦然と輝くものばかりであり日本の登山のあり方をも塗り替えたといっても過言ではない。
現在S氏はガイドを生業としていて、何人かのクライアントを連れ立っていた。
彼等の様子を見ていると年齢、性別にカテゴリーがないグループのようでありみんな、ニコニコしてクライミングを楽しんでいるのは、S氏の人柄から来るものなのだろううか。
一方、私達は4人が2Pに別れる。
5.8程度のフェースから取付き途中コンテもいれて5ピッチで下降支点に到着する。
K氏と私がリードで登る。
ガマルートは初級アルパインの入門ルートとして楽しい。
難しくもなく、易しくもない。
終了点は、そこそこ高度もあり、すばらしい見晴らしである。
数日前にTVの撮影があったとかで話題に事欠かない。
懸垂下降は空中まではないが、45Mいっぱいの垂壁で途中のテラスでは切らずに一気に下降する。
早目の帰幕で夕食の支度に取りかかる。
登山を始めてから軽量/軽微を追求したため以前ほど手のこんだサイトの設営や夕食の支度はしなくなってしまったが、今回久し振りに七輪などを持って来て食事の準備もなかなか楽しい。
炭をおこす時間、紅蓮の炎を見つめながらK氏の話に聞き入る。
氏は控えめに多くを話してはくれない。
しかし、45才から始めたという登山の断片的に見えてくる山行内容は、到底私など及びもしないすばらしいものである。
その過程にはK氏なりの、そしてK氏しかわかり得ぬ理由や動機があったのであろう。
それぞれの思いが登山となり、それぞれの記録が残されていく。
物理的尺度では推し量れないすばらしい記録が一人一人の登山者中に刻まれているのである。



□■3)激情の果てに

翌日は、小川山セレクションに行く。キャンプ場が30分程で取付き。1P目はクラックの10mと短いがこれが結構登りづらい。フレンズをセットしハンドジャムで直登。一度墜落。
2P目(40m)はスラブにフリクションをしっかり確認して登る。私はこの手の登り方あまり慣れていないので不安でしょうがない。
しかし、他のメンバーはスイスイ登って行ってしまう。
途中4本目のボルトがランナウトしてすべったら20m転げ落ちてしまうと思った瞬間、思考停止と運動停止に陥ってしまった。
アドレナリンが頭のてっぺんが分泌し体の中を下って足から抜けて行った。
3P目(25m)は2P目の確保支点から左岩稜へルンゼをトラバースしてチムニーを登る内面登攀。
躯を摺り揚げて行って頭がチョックストーンにぶつかってしまった。
内面登攀でトラバースしてチムニーを抜ける。
4P目35mはテラスからクラックまたは木登りをして取付きジエードルを詰めて最後5mスラブも低木の足がかりでこえて終了。
クラックの出口が越えづらいのでアブミでA1にしてしまった。

5P目が見るからに嫌らしいひょうたんトラバース。
小ルンゼを下り返してひょうたんのくびれにアンダーハンドでホールドを求め10mほど蟹にの横ばいをする。
トラバースの終了点から匍匐前進で更にくびれを左手側に5m巻込んで支点に至る。
キャンプ場から良く見えている場所でくびれ下部は白く帯状にいかにも滑りそうな感じである。
トラバースで滑ると振子のようにまともに距離を稼ぐので私はあまり好きではない。
下部の壁は被っている為、見えず高度感たっぷりである。

5P支点から直上して終了したかったがK氏の「やっぱこっち」に促されてトラバースする。行ってみるとホールドがしっかりしていて結構楽しい。所謂食わず嫌いであった。
6P目(15m)ジエードル内クラックの登攀。
窮屈なテラスから立ち木を利用してクラックでフット&ハンドジャムを決めながら登る。
やはり出口が越えづらく墜落。
激情が全身に込上げてくる。
何に対して、どんな原因なのかははっりきしない。
只々怒りを込めて激情の果てに越えた。
登り切ると腕が肘までキズだらけになっていた。
登り切ってなぜか憮然となり、そして脱力していく。
今朝取付きでK氏がテーピングをしていた理由が最後に納得する。



□■性悪女の部屋に帰ろう。

頂上からの展望がすばらしい。
Y女史曰く燕岳のロケーションである。
既に秋の香りを含んだ風が頬を撫でて、辺りに点在する岩峰は夏の最後の太陽に照らし出されて白く輝いている。
通り過ぎる雲が岩に影を落して、まるで遊んでいるようである。
3峰に登攀中のパーティが小さく確認できる。
トップが大きく墜落し、登り返すも結局、停滞している。
なにか自然界の中の出来事のように眺める。
ゆっくりではあるが大きな時間の流れを確実に感じる。
岩の上でゴロンと横になって大休止。気分がいい。
頂上を左巻込んで一般道の下降にかかる。
30分程度でみんなより一足先に帰幕。
留守番をしていた犬のアルデの昼寝の邪魔をして幕営を撤収。
皆もそれぞれに撤収作業にかかり10分もするとすっかり元のキャンプサイトに戻っていた。

傷つき痛めつけられそれでも又、近寄って行く。
性の悪い女の部屋に帰っていくような。
いつ帰るかわからない意気地のない男を待っているような。
山登りの素性は、そんなところであろうか。
岩壁から拒絶される度に、弾き飛ばされる度に、もう、止めた、山なんか登らんと思うのであるがキズの癒えぬ翌日には、次は何処へと思い悩むこのあかはかさ。
神は人間を如何にお創りあそばせたのか?。


□■エピローグ
多くの情報と物質が氾濫し。
混沌とした情念の現代社会の中で不確かなものにささえられ、見せ掛けの安全地帯の中で多くの現代人は自らの位置を見失ってしまった。
岩壁に取付く。自分の手と足だけが自分の体を支える。
自分が歩いた分だけ高度を稼ぎ。
休んだ分だけ時間がかかる。
見渡せば周囲の山が足元の景色が自分の高さを教えてくれる。
ひとたび天候が悪化すれば命をも落す。
死と隣り合わせである。
登山は生命体として、人類としての存在感をその一つ一つの行為の中で検証する危険なゲームかもしれない。
そして、なによりもすばらしいのは、この危険なゲームは、それぞれが明確な動機をもって開始されることであろうか。


以上おわり

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