この2月19日、谷川岳烏帽子奥壁大氷柱をワンデイ登攀に成功した、廣川健太郎さんから、登攀記録が送られてきましたので、早速掲載いたします。先週も登攀に成功している廣川さんですが、その登攀内容に納得せず、再度の挑戦となりました。先週よりも遙かに悪い条件下での完登は見事でした。おめでとうございます(勝野)

日本アルパイン・ガイド協会会員
JECC会員
廣川健太郎

まえがき

完全氷結することが稀な通称「烏帽子の大氷柱」は幻の大氷柱とも呼ばれている。故森田勝氏が1960年代に登攀対象と捉え、以来幾人もの尖鋭クライマーの挑戦を受けるが、初登はおよそ20年後、1982年1月、JCCの勝野惇司、菊地敏之によってなされた。しかし、薄いベルグラ、雪氷は支点もほとんど効かないとされ、その危険度と困難さから再登者は長く現れず、20年が経過した。
2002年2月、同じJCCの嶌田聡、石川友康が第二登を成功させた。同年、YCCの佐野友康、高橋康則がワンデイで第三登。第四登は一村文隆、横山勝丘パーティ。暖冬の07年も井上祐人他が登ったと聞く。
08年のシーズン、、1月下旬に明大炉辺会、チーム84の天野和明がオールリード・フリー、残置無視、またG登攀クラブの新野泰之と穂高の風の今井健司もフリーで登り、おそらく6,7登目。2月は冷え込みが続き、連休最終日は4パーティが集まり、内5名が合流して登り、YCC船山和志、秀峰向畑吉大のリードで8登を記録したものと思われる。私は11日に登ったものの、再度は8日後に山野井夫妻と取付き再登した。そろそろ何登と数える状況でもなくなってきたようにも思う。しかし、易しいところでも支点が効かないので失敗をした時のリスクは非常に大きい。登攀が一般化すれば事故発生の可能性は高くなっていくだろう。
ギアの機能性向上、フリークライミングによるクライミングレベル向上もあり、初登の勝野さんの予言通り、さしもの烏帽子大氷柱も幻の冠を返上、憧れのルートと言われる時代になったことを実感させるシーズンとなった。

烏帽子沢奥壁大氷柱を再び登る

08年2月19日

山野井泰史、妙子、廣川健太郎(記)

2月連休最後の11日の大氷柱、沢山集まりすぎたパーティが合流して登り、深夜の下降。楽しかったが、私はリードもしていない。リスク無しなんて、幻、憧れの大氷柱を登る本来の姿ではない。すっきりするためにもう一度登ることにした。
パートナーは前回は別約束のカネコロンで一緒に行けなかった山野井君、もう一度いくなら是非一緒に行きましょうと心強い返事。天気予報をみて、アタックは19(火)とした。
妙子さんも同行することとなり、山野井家は18日午後に一の倉沢出合いまでラッセルをし、偵察をしてくれた。
18日会社を早退、夕方には準備中の谷川岳登山資料館で合流。

2月18日、土合で準備する、廣川健太郎、山野井夫妻パーティです。

19日0時半起床、1時過ぎ小雪が舞う中を出発。一の倉沢出合いまで昨日のトレースは消えワカン、スノーシューでも2時間弱。ここ5日間で1mの新雪があり、風の影響でトレースはすぐに消えてしまうのだ。
一の倉沢は雪はしまっていると見てアイゼンを付けていく。本谷の雪はデブリも出てしまっている。雪がやみ快調に進むが、テールリッジ脇から腰以上の塹壕堀りラッセルでペースが落ちる。途中からシュルンドも随所にあり、ロープをつけていく。
結局、取り付きは9時10分。体力のある二人と一緒で8時間以上かかった。登攀開始は9時40分。曇りの予報だが晴れ間が広がり、少し雲も見えている。スタート時間が遅い。薄氷のこのルートで快晴、気温が上がり氷質が悪化するのは勘弁してもらいたい。雲よ出てくれ。祈るばかりだ。
下部は山野井君リードでスタート。

1P目、易しい60〜70度。スクリューは余り効いてない。前回見落としたボルト3本で45mでビレー。2P目、右側の氷が前回より発達しており、こちらを登る。20mで変チ、ディレティシマビレーポイントを掘ってビレー。3P目下部核心。変チ横の垂壁のベルグラ。3〜10センチ程度で薄い。難しくはないがスクリューの効きも今一つで嫌らしい。40m、山野井君はどのピッチも丁寧に適切な間隔でスクリューを決めていく。フォローは大胆快適に登れる。
上半に移り、今シーズンの核心部となる4P目で廣川にリード交代。
連休の大人数の登攀で氷瀑に左から入るベルグラが2m程はげてしまっており、悪い状態のまま発達していない。13時40分まず右から攻めるが雪の下は氷がつながっておらず、やはり左から登りなおす。コーナー左の草付きに左アックスを決め、右は岩にフッキング、足も岩にスタンスを拾う。イボイノシシが草付きに効いたので思い切っていけた。氷に移って一安心、上も1m氷が切れている箇所がある。ムーブはおおよそ見えるが疲れが出てテンションを入れて動きを探ってから登る。スクリューを11本と減らしてきたせいで、ピッチ後半はランナウト。35m。
スタート時間が遅く妙子さんは中間点で待機することになる。
5P目、快適な75〜85度、氷質もよく5本で一気に45mを伸ばす。最終6P目、やや傾斜が落ちる。快適な35mを3本でリード終了。17時近く、風が出てきて終了点上の草付き斜面の雪溜りから頻繁にスノーシャワが落ちるようになり、山野井君が悪態をつき、雪まみれになって登ってきた。

即懸垂下降開始。下降支点は登りで整備してきた。降りるだけだ。
しかし、スムーズに行くと思った下降も取付に立ってから先の雪の状態が悪く、烏帽子スラブの雪壁からテールリッジの雪稜、衝立スラブもシュルンドが消えるまでロープを付けた。慎重、丁寧に行くところは手を抜かない、彼らが生き延びてきた理由なのかなと感じながらの下降だった。出合着22時、雪の林道の途中で足がつった私は二人からしばし遅れ、土合ロープウェイ駅そば谷川岳登山資料館着が25時を回った。
24時間行動、危険は感じなかったが雪が多すぎた。 ベルグラが剥げ、条件が若干悪くなったとは言え、好条件下の登攀でスタイルには課題を残した。50歳間近だが、クライミングレベルをあげてまた登りたい。
 森田勝さん、長谷川恒男さん、今は亡きAGSJの大先輩だが、クライマーとして夢を追い続け、ガイドにも情熱をもってあたられていた。二回のアタック、初登者でAGSJの先輩、その伝統を守る勝野さんから反対側ルートからの撮影、無線連絡など心強いサポートを頂いた。また初回アタックでは群馬の親分の八木原さん、二回目は肩の小屋の馬場さん。深夜にかかわら準備中の資料館で迎えていただき感謝。ありがとうございました。

 

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